不完全読書のすゝめ-本は全部読まなくてもいいよ!

      2014/09/08

読了した比率を記録

あなたは普段から読書する人ですか?それとも、読書したいけれど出来ない人ですか?前者であれば回れ右するか、筆者にもっとマシな読み方をご教授頂きたく。ここでこれから書くのは後者の方向け。

まあ、何と言いますか落ちこぼれ向けの読み方なので、普通に読書できている人からすると「なにそれ、邪道!」って言われるような内容だけど、一応前置きしたからね。ガタガタ筋違いで面倒なツッコミ入れないでね。

あー、それとはなっから読書する気が欠けている人は完全に対象外。繰り返すけれど、対象は読書したいけれど出来ない人であって、やる気があっても上手くいかない人のことを指している。自分も同じで少し読んでみては途中で断念して「読書って難しいなあ、自分には読書向かないのかなあ」って思っていた質でいつも躓いていた。別にこれが誰にでも効く特効薬っていう訳じゃないけれど、少しは役に立てたらなあということで伝えてみたい。

不完全読書とは

これは自分の造語。もしかすると同じ意味の既存の用語があるのかもしれないが、知らないので以降とりあえずは使い続ける。意味は見たまんま、完読しない状態の読書のこと、つまり本の最初から最後までの通読を完了しない状態のことだ。

「読書をする方法について知りたいのに、いきなり羊頭狗肉かよ?!」と怒らないでほしい。最初からタイトルは「不完全読書のすゝめ」であって、一貫している。もし、怒るならあなたがタイトルを誤読しただけのことで、筆者に転嫁されるのはお門が違う。そうとはいえ、これを勧めるのはそれなりの理由があってのことだから、そのまま読み進めてほしい。

不完全読書の何が悪いのだ?

そもそも不完全読書の何が悪いのだろう?真面目な人ほど読書と言うものは通読し、筆者の書いた内容を一言一句見逃さず読み通さなければならないと思い込んでいる。曰く「本の著者が一生懸命書いたものだから」、曰く「本と言うのはその著者が意図した内容を一冊のパッケージで完全なものとなるから」、曰く「本は大事に全部まるっと読みましょう!」等色々と言い分はあるだろう。

でも、それって本当にあなたの意見?自分の中から出てきた結論だろうか?否、そんなことは無い。学校の教育や家での躾で教わったからそう思い込んでいるだけだろう。なんでそんなものを後生大事に有難がって従わなければならないのだろうか?その高邁な教え通りやる能力も根気も時間もありはしないのに…

更に真面目過ぎると「自分が読書能力が足りないのがいけないんだろう」と自分で自分を責めるまでに至る。馬鹿馬鹿しいことだ。

はっきり言おう。読めないなら読めるところだけ読めばいいのだ。全部通読なんて目指す必要なんて無い。仮に全て読み通したところで全てを理解して消化し、一言一句残さず記憶するなど出来る訳もない。そもそもそんなことする必要も無い。大事なことは骨子を掴み、消化し、その内容から自分なりに何を血肉とするかであって、それ以外はどうでもいいのだ。

何のために読書をするのかは、その一事のためだけにある。決して全てを読み通すという姿勢や形式のためではない。結果をどう作るかが大事であって、精神論に振り回されるなんて非効率そのものだ。

不完全読書の具体的な進め方

さて、気持ちよくぶちあげてはみたものの「じゃ、どうすればいいの?」となる。ここで「知るか?!好きにしろ!」ではあんまりにあんまりなので自分の行っている方法を紹介しよう。

読みたい本を探す。ざっくり目次に目を通して本の構成とキーワードを把握する。巻末のあとがきも読んでみる。後はそこまでに捉えた本の主題を抑えつつ、最初のページから読み始める。ある程度読み疲れたらそこでとりあえず読書終了にする。それだけだ。ただ、それなりに仕掛けはしてある。

仕掛けその1:読了率の記録

読了した比率を記録

読了した比率を記録

読む本の総ページを最初に記録してから読み始める。そして読むのを一時中止したり、断念した際の最終読了ページを記録する。この記録はExcelで記録していて、読了比率も産出される。

このように記録すると、1ページでも読めば、少しでも読了率が増えていく。全く着手しなければ当然0%だが、30%となれば1/3も読んだということが数字としてはっきり認識することが出来る。

これは自分は読書が苦手と思い込んでいる人の勘違いを見直す切っ掛けになる。誰が何と言おうと数字は間違いなく実績を示している。0ではない。仮に0.1%であろうが、実績は実績だ。胸を張ってその本を読んだと主張すれば良いのだ。そうすれば、自信が付くし楽しくなる。楽しくなればもう少し数字を伸ばそうと考えるのが人情だし、実際数字は思うように伸びてくる。

仕掛けその2:読書量の把握

ケチでビンボーな自分の場合、本の多くは図書館で借りて読んでいる。その場合、借りた本は定期的に返さねばならない。自分の使う図書館の貸出期間が2週間だ。それは制約と言えば制約なのだが、時間が区切られることはむしろメリットが大きい。

自分は通常2週間で5冊の本を借りる。これは遅読の自分にとって時間をある程度かければ通読可能だが、日々の空き時間だと全ては読み終わらない量だ。この読み切れるかどうか微妙な境界を把握しておくことが地味に大事だ。

先ほどの読了率と併せて考えると、週当たりや日当たりの平均の読書量を把握できるようになる。そうするとその数字がいかに増減するかも分かるようになる。そうすることで以降の読書計画が立てやすくなる。

仕掛けその3:過去に読み切れなかった本へのリベンジ

不完全読書を継続していると、読み切れなかった本の中で未練となる本が出てくる。今回は読み切ることが出来なかったけれど、続きを読みたい。或いは何とか通読できたけれどまた読み直したい。しかし、時は無情で期限は必ず来る。読書能力が足りなければ読み残しは出る。

だけど、未練があっても返却期日にはしっかり返す。当たり前である。ただ、それはけじめを通しただけで未来永劫の別れではない。読み切れなかった未練は強く心に残る。次こそは読み通したいと思えば、大きなモチベーションになる。また、未練を残すくらいだから、その本はきっと自分にとって大事な本なのだ。

一時お別れすることで、強いモチベーションと、自分の読みたい分野が明らかになるなら一挙両得で損なことなど全くない。

再度リベンジするためにいつその本を読み始め、いつ一旦読み終わったか、その本の題名や書籍番号も併せて記録する。そうしておけば再度借りることが出来る。手元に置いておきたい本であるならここで購入して続きを読むことも出来る。

再読のために

再読のために

読書なんて楽しんだもの勝ち

冒頭に書いたけれど、別にここで紹介した方法は万能薬じゃない。あくまで参考になれば良いな…と自分のやり方の一部を紹介したに過ぎない。

しかし、繰り返し言うが、不完全読書で何が悪い?

よくネットでは速読をして書評もバンバン書いている人達がいて、そのやり方を金科玉条の如く崇め奉っているような取り巻きがいたりする。それが本当に読書の唯一の正解かと言えば、そんなわけは無いのだ。読書と言うのは基本楽しいものだし、そこにこうあるべきなんて縛りは存在しない。

読書したいけれど出来ない人はあるべきを勝手に信じてしまったり、思い込んでしまった結果、自分で読書を詰まらなくしてしまっている。ここで書きたかったのは、「読書なんて楽しんだ者勝ちなんだから、どんどん楽しもうよ。幾らでもやり方はあるんだよ」ということに尽きる。この言葉が何かしら皆さんの今後の読書の足しに幸いだ。

補足

なんか大事なこと書き忘れたと思ってた。そうそうその通りだよ。

 

 

 これね、小説とかお勉強向きの読み方じゃないんだよ。小説はじっくり味わって通読しないと面白みが減る。特に推理小説みたいにどこかにヒントが埋まっているとか、話の中のどこかちょっとしたところに伏線があったりするような本には全く向いていない。教科書とかお勉強でテストのために読むなんて場合もダメ。そういうのは抜け漏れが無い前提の読み方をしないと役に立たない。

ご指摘の通り、新書やビジネス書、或いは技術文書みたいに筋が読めて何かが得られれば十分な本の場合のことを書いているので後書きで申し訳ないけど、そこらへんも含んで読んでおいてちょーだい。

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