人生で一番うまいバナナを食べたくなる「東京マラソンを走りたい」

   

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あなたはフルマラソンを走ったことがあるか?その問いの「YES」と答えられる人は少ない。

自分の場合は「YES…」だ。別に自慢ではない。最後につけている「…」は単なる飾りではない。これが「YES!」な感じの勢いならいいが、残念。やっちゃったな~という後悔交じりの後半自信なさげな感じを示している。確かに完走はした。

しかし、ろくな準備もしておらず勢いでエントリーし15kmあたりからはほぼ歩き、息も絶え絶えに体中から体液を出し疲れ切って撤収後のゴール跡地に辿り付いた。ほろ苦いではなく、苦虫を煎じあげて飲んだような思い出だ。正直思い出すのが辛い。

東京マラソンを走りたい ギャグ漫画家 50歳のフルマラソン (小学館101新書)

そんな自分が何故か「東京マラソンを走りたい」という本を読み、紹介したくなった。そういった経緯を覚書として書き残してみる。

ギャグマンガ家50歳のフルマラソン

「ギャグマンガ化50歳のフルマラソン」これが「東京マラソンを走りたい」という本の副題だ。これは凄いと思うか、ネタと思うか二分されそうな高リスクのタイトルだけれど、自分は凄い!と素直に思った。

著者をよく知っていたからというのも大きい。喜国雅彦氏「傷だらけの天使たち」というデビュー作から知っている。ギャグマンガであるのにストーリー漫画のような絵柄とコマ割りという当時のギャグマンガの中では異彩を放つスタイルだったが、そのギャップを含めてとても面白かった。その後一転「月光の囁き」というシリアスというかドロドロしたストーリー漫画を描いたり、「日本一の男の魂」というギャグマンガに立ち戻りアニメ化もされた。

いつの間にか見なくなったなあ、と思っていたらなんと新書本でお名前を見て驚いた。それも50歳にしてフルマラソンって!?凄い!自分の苦い思い出は何だかんだ言っても20代前半の話で、これは訳が違う。それもあの喜国さんが…となると、もうこれは読むしか無いだろうと即座に本を手に取るしかなかった。(追いかけていなかった不出来なにわかファンなのだけれど)

何故、フルマラソンを始めたのか?

 まず興味があったのは当然そこだ。全く接点というか繋がりがあるようには思えなかった。まして、フルマラソンは普通に考えて苦行だ。それも普段椅子に座って仕事をする文科系の内勤仕事である漫画家がどんなとんでもない転機で大会に出るに至るのか?全く想像も出来なかった。

その答えはこの本の序盤に書いてある。ツレである由香ちゃんが極真空手の夏合宿で12kmの長距離走に参加することになり、その練習に巻き込まれたのが事の始まり。この由香ちゃんは、いきなりの人だ。前触れが無い。腕立て伏せが三回しか出来ないのにいきなり極真本部に入門し、夏合宿の次に即第一回東京マラソンにエントリーする。当然、喜国さんもエントリー「させ」られる。そして、ギャグマンガのネタになるかもと思っていたところ、倍率が高く抽選から漏れる。

単に付き添いでしかなかったはずなのに、門前払いさせられると頭に来る。そのタイミングで編集部のM山氏から湘南国際マラソンに誘いがかかる。編集者と漫画家の混成グループで負けたら全員分の焼肉をおごるというオマケつき。不完全燃焼と抽選漏れの鬱憤から即座に参加を決めてしまう。

ご立派な動機や向上心なんて糞くらえ!なりゆきで何が悪い!?これが運命ってものだ

読めば読むほど適当だ。向上心やらご立派な動機はそこにはない。全く無い。それなのに納得してしまう。思うに、生きている中でそんなに向上心やご立派な動機なんて転がっていないし、一生縁が無くたって別におかしいことじゃない。むしろ、それが普通だ。

だから、これがもし運命の出会いみたいな転機があったという話なら余程面白い話じゃない限り自分はそっと本を閉じただろう。でも、これなら分かりやすい、なりゆきで乗せられて、乗せられていくうちになんとなくその気になって、少しづつ実行していく中でなんとなくやってみたくなる。とても自然な流れだ。

周りに巻き込む意図があったことは確かだろう。しかし、それとて一つ一つは個別の話であって、乗らないという選択も十分あった。でも、何故かそれらは同時多方面から発生し、ノリのよい喜国さんはなんとなく乗ってしまった。それがどこに行き着くのか想像もしないまま、とりあえず…。でも、大袈裟な言い方をするなら、そういう流れが運命とか縁って言われるものなのかもしれない。

個性豊か過ぎ、思いもバラバラ、それでも動くチーム焼肉

先にも書いたように喜国さんにはマラソン友達がいる。チーム焼肉、編集のM山氏と愉快な仲間たちだ。同じく漫画家ののりつけ雅春氏、野宿大好き過ぎて寝袋で前泊する女子のかとうちゃん、ファイテンの力でメタボなのに好タイムを弾きだしたいーさん、フルマラソンに出たのに10kmの部にゴールするかよちゃん、その他もろもろ個性豊かでは済まされないメンバー揃い踏みだ。当然、経験も違う、ものの考え方も、仕事も、何もかも違う。

でも、何故かそのメンバーが第一回湘南国際マラソンで集まってしまう。負ければ焼肉おごり、勝てばタダ焼肉という無茶苦茶シンプルでくだらないきっかけなんだけど、集まって一旦は走ってしまう。喜国さんが運命に巻き込まれたように、チーム焼肉の面々は各々にこの大会でフルマラソンという運命に巻き込まれた。

喜国さんの語りは常にC調というか、とても明るい。運命なんて言葉は絶対に使わない。そんなのこそばゆいというか、こっ恥ずかしいのだろう。だけど、そういう自然体が流れに乗り、流れを作っていき、お互いを巻き込んでいくプロセスがこの本の中には見える。

自分も人生で一番うまいバナナを食べたくなった

この言葉を書くのは実は勇気がいる。自分は何でも深刻に捉えるし、何でも大袈裟に考えてなかなか行動に出ない人間だからだ。

でも、正直に言おう。この本を読んでの一番感じたことは「羨ましい」だった。ここにあるのは意識高い系の自己啓発的な何かではない。だからこそ惹かれる。飲み屋か何かでリラックスしきって話すのと同じくらい開けっぴろげでアホで楽しさを追求している。それも、ほんのちょっとした視点の転換で結果的に凄い変化を実現している。

羨ましいから、じゃあ自分もやってみよう…と言い出すのはなかなか難しいし、怖いのだけれど、自分も人生で一番うまいバナナを食べたくなった。この本を読めばきっと誰でもそう思うようになる。

おまけ

何事においても最初の一歩は大きい。自分も今年の四月から七月までの四か月で16kgの減量に成功した。目標値まであと6kg弱。いずれ達成時に詳細を明らかにしようと思う。

このダイエットを始めた理由もまたなりゆきである。誰もが納得するような因縁や凄い転機があった訳では無い。だけど、結果的にそういったどうでもよい汎用的じゃない切っ掛けの方が機能することはままあるのだ。

この本を読んで自分が実行してきたことと酷似している点が多くあり、興味深いし納得出来た。例えば、目的地に本屋や食べ物屋、普通なら電車で行くような場所を設定する手法、途中の風景にある小さな変化(例えば看板やマンホール)を観察する手法、白地図を埋めていく手法、どれもこれも同じようなことをしてきた。誰かに教わったわけでは無く、自然とそういった楽しみを見つけた。

結果的に数字が見えたり、形になると更に好循環が出来ていく。何度も書くが、動機やここの実行はご立派なものである必要は無い。頭でしか物を考えず、理屈だけで済ませる人ほどこれが出来ないし、成功経験も乏しい癖に道具立ては立派で目標値だけは非現実的に高い。自分も過去にその罠には何度も嵌ったけれど、そんな時間の無駄をするくらいなら手でも足でも動かせるものは動かす。習慣化する。どんな小さなことでもいいから、やってみる。

そういう目の前の現実に自分はもっと前向きでありたいし、後戻りはしたくない。そういう思いを新たにし、背中を押してもらったような気がする。

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