疑う力と信念を通す力の相克のプロセスに結果がついてくる

   

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疑う力 (PHPビジネス新書)西成活裕著。6hr読了。新書とは思えないくらい読み応えのある本だった。正直全部を消化しきれておらず、図書館に返すのが惜しい。珍しくこのケチが身銭を切って手元に置きたくなった本である。

疑う力 (PHPビジネス新書)

まず前もって注釈するが、副題のビジネスにイカす…もとい生かすというのはあまり期待すべきではない。そんなせせこましい内容ではないからだ。勿論ビジネスという領域でも勿論活用は出来るのだけれど、それだけに絞るにはテーマのスケールが大きすぎる。というか勿体ない。むしろ自らの観点や姿勢を見直す鏡、或いはテンプレートの一つとして見るのが妥当なのではないかと思った。

IMV分析とは

人が何かを外部から情報として受け止めるプロセスを、I(Intention-本音、真意)、M(Message-発する言葉や現象)、V(View-受け手の捉え方)の三点の関連付けであらわした際、成立するパターンから類型化を行い、客観視して捉える手法のことである。

詳細は本を読んでもらうとして、この分析は非常にロジカルで抜け漏れが無い。ざっくり経験上こんな感じではないかなあと思っていたことが情け容赦なく分類されていて腰を抜かしそうになった。こんなザクザクやっちゃっていいのか、と妙な疑念が芽生えたくらいだ。まあ、単に自分が無知なだけなのだけれど…。

疑う力とは

表題にあるくらいだから、当然疑うことを称揚し、「どんどん疑え!お前ら騙され過ぎなんだよ、この田舎者が!」という論調かと思ってしまうかもしれないが、これがまた全然違う。確かに疑うことには一定の価値があり、与えられた情報に対して鵜呑みをするのではなく前提条件を確認したり、意図的かどうかに関わらず現実としての真意にアプローチする方法、或いは真意を越えて最善を得るための提案ツールとしての疑う力は多くのページを割いて説明がある。

例えばヒトラーや小泉元首相などが愛用した最小語数の定理(ワンフレーズポリティックス)、例えばセールスなどで基礎的手法として使われるゲインロス効果、一般論や確立された手法を無理矢理個別事案に当てはめて失敗するビジネス事例、ジョージアカロフの情報の非対称性理論、プロスペクト理論を必要以上に多用し扇動を行う雑誌など、誰しも「あるある!」と思いあたる事例がこれでもかというくらい挙げられています。汎用性がある上に一つ一つ踏み込めばいくらでも展開できるような深さと広さのある内容が惜しげもなく事例が読者のとっかかりとして数多く展開されている。繰り返しになるけれど、ここら辺本当に手元に置いておきたい。

疑う力と信念を通す力の相克のプロセスに結果がついてくる

何より面白いのは疑う力と同じかそれ以上に信念を持つこと、他者を信頼すること、といった相矛盾しかねない概念をきっちり書いていて、そのどちらかに偏っていてはダメということをしっかり書いているところだ。単にどっち付かずの総花的な持ち出し方ではなく、いずれも物事を前に進めるうえで必須の要素として挙げ、その相克の上での具体的な実行が現実に働きかけ結果が付いてくる唯一の力となるとしている。

 このことは自分個人の経験からも共感出来る点だ。現場、現物、現実を知らない、知ろうとしない人間は多くにおいて判断を大きく誤る。何故なら前提を間違える確率を自ら大幅に上げるからだ。では、現場、現物のそばにいれば現実を必ず正しく抑えられるか、と言えばそれも違う。現場、現物のもつIntentionとMessageは必ずしも一致しない。また、それを受け取るViewがずれ、現実を正しく認識出来ないことも多い、特に現場、現物自体が制約として機能しており、Viewそのものを絡めとり捻じ曲げ固執に導くこともある。

だから、現場、現物を信じつつも疑念を決して捨てず、自分なりのViewを仮説として持って試行錯誤しながらViewをIntentionに近づける。その上でよりあるべきを検討し、最終的には現実を変える具体的な実行に結び付ける。そういった相克のプロセスの中でしか結果はついてこない。

結局、持論を強化する結果になってしまったけれど…

 結局、ベラベラと持論を開陳し、強化する結果になってしまったけれど、この本は多くの人にとって普段ぼんやりと感じていることをガッと形をつけて腑に落ちる物にしてくれる本になると思う。上手く伝えられたかどうかにははなはだ自信が無いけれど、そう伝えたかったというのがこの記事の趣旨だ。

さて、全くもって文書構造を無視したいい加減な記事で申し訳ないが、以下は自分のためのメモ、忘れないためのメモ。

  • 疑問が生じたら「なぜ」ではなく「なぜなら」と繋げると、自分なりの結論を見つける癖をつけることが出来る。他者に結論や回答を全面的に委ねた場合、その妥当性を判断出来ないし対等な議論ではなく、物を一方的に教えてもらう、或いは考えを押し付けられるという非生産的なプロセスに陥りやすい。
  • サンクコスト(埋没費用)の罠にはまると後先を冷静に判断出来ず、八甲田山進軍になる。先に払ったコストを無駄にすることを恐れ忌避することで、先行きに発生する残コストや維持コストを含めたライフサイクルコストを考えないと傷口を広げるばかりとなる。これは特に企業や行政のように集団になるとはまりやすい罠だ。
  • 情報は消化して自分の頭で再構成して血肉にしてなんぼ。それ以前の情報は素材であり自分に問っての価値など殆どない。そのためにはセカンドオピニオンとしての情報ソースの広さが必要だし、他分野から紐づける柔軟性が必要。そのうえで基本書を見つけると効率的。この考え方は西成氏だけでなく、多くの賢人が指摘するところであり、彼らにとっての常識であり最早習慣化したスキルと言える。
  • 認知コストを意識しないと、認知コストを節約したり無節操に外注することになる。思考したり、物事を調べたりすることは確かにしんどい。しかし、忙しいから、面倒だからとどんどん認知コストを下げて楽をしていくと致命的なまで自分の認知力を落とし、自分にとっての大事な判断も他者に預けることになる。
  • 排中律にはまらないようにしたいと誰しも考えるが、騙す人間はそれをあたかも排中律ではないように見せるから多くの人がその罠に嵌る。世の中のことはロジカルに正誤が決まっていないといけないと考える人は実はロジカルなどではなく現実の複雑さに敗北し思考を諦めた脱落者に過ぎない。世の中のことを分かりやすく枝葉を端折って説明できることと、ただ単純化することは別次元といって良い。この罠に嵌らない基本的な手法として類推と対偶がある。特に対偶はただの「逆」とは違うのだが、ロジックに弱い人ほど事象の関係の非対称性を見誤り、1:1と捉えるため、その抜け漏れを検証しない。

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