製作者の思うがままに翻弄された100分間(アナと雪の女王)

   

old-1130741_640

事前の情報など一切無い状態でアナと雪の女王のDVDを借りて視聴した。一時期、子どもがテレビ広告の影響で四六時中「ありのーままのー…」と踊り歌い続けた。そのおかげで、たまに夜にうなされる程個人的には因縁深いが、あらすじはおろか設定すら分からない。

それでも、あれだけ熱狂的に盛り上がっていたのだし、見せたら喜ぶだろうと思ったのだ。結果から言えば、当初は浮かれ狂喜した子供たちだが、最初の10分で一人脱落、70分で二人目脱落、最後まで残っていたのは親二人と長子だけであった。話はとても面白いし、飽きさせない工夫も随所にあったが、いかんせん全年齢対応の道は極めて険しい。今までそれをクリアできたのはトトロとドラえもんだけだ。

さて、閑話休題、以降全部視聴し終わった上での感想を挙げていくことにする。大したネタバレはするつもりは無いが、自分並に世の中の情報に疎い人なら知らないことも書いていくのでそのつもりで以降を読む、読まないを決めてほしい。

ダブルヒロインというのは最初の落とし穴だった

それすら知らなかったのか!?と驚嘆されそうだ。実際、公式サイトには最初からそう書いてある。タイトルにもそう書いてある。

しかし、仕方ないではないか。タイトルにある「アナと雪の女王」を前情報も無く見れば、アナは主人公格なのは間違いないし、どう見ても犬とか猿とか動物ではなく、まずは可愛らしくも魅力的なヒロインの名前の筈だ。その予想はおおよそ当たっていた。まあ、ここまでフリーダム過ぎる奔放な女性とは思わなかったけれど、十分魅力的だ。

一方、雪の女王が盲点だった。普通ヒロインが一人だとするなら相対する雪の女王は悪い黒幕、よくて神聖なるキーファクタであってヒロインの当て馬か盛り上げ役なのだろうと思っていた。従って、天本英世扮する死神博士もしくはマツコデラックスみたいなキャラクタがおどろおどろしく出現する冒頭展開を予想していた。

全く違う!雪の女王はアナの姉であるエルサ王女だった。それも意地悪な義姉ではなく、血のつながった仲良し姉妹である。エルサは触れるものを凍らせたり、思うがままに雪の塊や氷を生成できる魔法を幼いころから使うことが出来、王家の全員がそれを認知していた。最初こそ制御できていた力もだんだんとエルサの意思を越えて制御不能となり、妹を傷つけぬため仲の良かったアナを遠ざけひきこもり自分を抑えて生きることを選択する。

エルサもまたアナと双璧たるダブルヒロインであり、陰と陽に分かれつつ時は過ぎていく。その時の流れの中、庇護者であった両親王と王女は荒海で命を落とし、二人は断絶したままにエルサの戴冠式に至る。既にこの序盤中の序盤段階で、自分はもう製作者にシャッポを脱いでいた。

ありのーままのーー…って、そういう歌なんだ。知らんかったよ

従って、この有名すぎる歌詞が誰のための歌であるかも全く察しがついていなかった。最初の盛り上がりの直後に流れるのだが、仰天した。なるほど、こういう歌だったのか…。勿論、小生に悪夢を見せるために作られた呪いの歌でないことは流石に理解してはいたけれど、この場面でこのキャラクタが高らかに自由を実感するために歌うものだとは予想していなかった。

ちなみに、この時点では一人しか脱落者が出ていなかったので打ちのめされて敗北感に浸っている小生を除いた残りの皆さんはノリノリで盛り上がっていた。もし、キャラクタの設定を知っていればここまで翻弄されることは無かったけれど、先の読めないジェットコースターの疾走感や昂揚感をもっとも得られたのは家族の中ではきっと自分だけだろう。これはただの負け惜しみだけれど…。

残念な点も少しはあった、悪人に魅力が無い

数ある話の転換点の一つに、ある人物の裏切りがある。これは大きなネタバレになるので詳しくは書かない。しかし、ここまで完璧に製作者の思うがままに引っ張りまわされた自分にとっても「無理がある」と思わせる瑕疵がある。盲目的なディズニー好きにしてみれば、「んなこたどうでもいいんだよ!」となるだろうが、これは譲れない。

この人物はそこまではとても誠実で表裏の無い好人物だったのだ。それが、唐突に前触れもなく掌を反して裏切る。それもベラベラとそれまで内心で蓄えていた悪い計画を全て開陳するのだ。これは頂けない展開だった。そこには大きく二つの問題がある。

第一に何の前触れもないことは致命的だ。視聴者に対してフェアではない。視聴者視点だけに見える範囲で少しは怪しい言動を匂わせつつも全般的に劇中人物に対して上手く装っている感じなら良い。しかし、そこまで良い人を通していたのが、無理やり危険ドラッグでも摂取させられたが如く真黒な人格に豹変するとか一貫性の無さにとてもついていけない。

第二に悪人は魅力的で何ぼだが、この悪人は薄っぺらい。何しろ悪だくみを自分からベラベラと全て口にする。そんな馬鹿が何かをなしえる訳がない。悪をまっとうする人間は、常に自分の理屈や信念はぶっとく揺るぎないものを持ち、善玉とは相容れずとももう一つの生き方として認められるような、主役すら食うキャラクタで無くては魅力が無い。なんだ、この思い付きで動いたような小悪人は。小さ過ぎる!味噌で顔洗って出直せ!

ということでここら辺は、もう少し何とか出来たはずだ。勿体ない。

それでもハッピーエンドに持っていく手法は流石だ

残念な部分の指摘はしたが、他は流石だ。真実の愛に関するどんでん返しには当然のように翻弄され、こういう終わらせ方をするのかと感嘆した。結局のところ最後の最後でまた騙された、もとい意表を突かれ思うがままに製作者に翻弄された。

その他にも見所は多くある。箱庭のような城の中や街の中で多くの人たちを動かすCGとアニメの融合ぶりは淀みないものだった。雪や氷の魔法によるオブジェクトの動きは圧巻だったし、何より美しい。見せ場における底の見えぬ崖や、氷の上を疾走するトナカイ、癒し役であり狂言回しであるオラフの絶妙な話の継ぎ方など、よくまあ詰め込んだものだと思う。

全体を通しての感想は、とても楽しかったという実にひねりのない賛辞を贈るしかない。つまりは、視聴者としての自分は一点の残念ポイント以外は製作者の意図通りに笑い、悲しみ、そして喜んだ。流石に三歳児や六歳児は途中退場したものの、多くの人にとってお勧め出来る作品だったと言える。最後まで負け惜しみばかりだが、だって悔しいじゃない、褒めるだけなんて…。

さて、もう謎も無くなったし今晩からあの歌でうなされることは無い。多分…。そうあってほしい。

適宜覚書-Fragmentsは、筆者が興味をもった様々な情報やネタを筆者が忘れても後で思い出せるよう覚書として公開するBlogです。Google Chrome拡張、Facebook、Google、Twitter、Windows、各種Webアプリなどを扱うことが多いです。この覚書が、もし何かお役立ちになれば幸いです。

 - 覚書