ガラパゴス的な専用ゲーム機か、汎用的な環境かという過去に繰り返された命題

   

朝日中学生ウイークリー NEWS WATCHERという記事を読んでみて、自分が頭に浮かんだ感想は表題の通り「ガラパゴス的な専用ゲーム機か、汎用的な環境かという過去に繰り返された命題」だなあということです。

前提として

自分は最早ゲーマーではない。そう自称出来たのは、せいぜいDreamcastやPS2が主流だった大昔のことです。最近までiPhoneのショボい無料ゲームやら85円ゲームをやる程度で、6月末にどうしてもCaldceptをやりたくて3DSを購入して遊んでいるくらい。一応、拡散性ミリオンアーサーを無課金でやっていたりもするけれど、グリーやモバゲーのディー・エヌ・エー(DeNA)に金を落とすのは阿呆らしいので一切やったことが無いというような立ち位置です。

この記事自体については

騒ぎ立てるほど変なことは書いていないと思います。但し、ゲーム界の覇権が移ったとか誇り高い会社なので任天堂は認めたがらないけれどとか断言するのは無駄に扇情的であるし、任天堂の業績と並べ評価する妥当な根拠を示していないのでソーシャルゲームへの肩入れが過ぎるような気がします。年末が勝負であるというところを結論であるならば、正しいのだけれど何故かここで一旦は負けちゃったみたいに書くと任天堂に肩入れしたい人にはイラッとなるものがあるんじゃないかなあ…とか。

ガラパゴス的な専用ゲーム機か、汎用的な環境かという過去に繰り返された命題

わざわざこう書いたのは、論じるべき軸が違うからです。任天堂とかソニーとかMicrosoftとか企業名を出してしまうとどうしてもその会社の出したハードウェアや、そのハードウェア上で動くソフトウェアという切り口になります。だから、任天堂系、ソニー系、Microsoft系といった派閥で分かれ対抗したりすることになります。

これは自分がゲーム専用機で遊び始めたSC-3000やらぴゅうたやらの頃からずっと変わらない話です。昔に遡れば遡るほどハードウェアもソフトウェアも値段が高かったし、自分が遊ぶことが出来る範囲が縄張りであり、制約でありました。(ディスクシステムでの書き換えは500円で今から見ても安かったですが、それに必要な環境を整えるには相応にハードを整える先行投資が必要です)ですので、出るもの全てを買って所有できるような人以外にはある程度そういう棲み分けをせざるを得なかったというのがあります。それに加えて人間ですから、好き嫌いもありますしね。

似たようなところで、PCなんかもそうでした。今でもOSの違い、大きくはWindows、OSX、UNIX互換系にユーザが分かれてしまうような溝があります。でも、昔々はそれどころではなく同じNECでも90系、88系、80系、60系、どれも互換性が無いとか(正確なところはよく知りませんが)ザラで、それも今から見るとアホみたいな値段がしていました。携帯も今でこそiPhoneとAndroidのようなスマートフォンが勢いがあるものの、従来の携帯はそれぞれ互換性は無いものでした。Androidにしても、実のところバージョンや個々の機体のカスタマイズで同じOSだからとは一概に言えない分断化があるようです。

結局のところ、ハードウェアに依存するものというのは、ある程度の分断を強いるものなのです。勿論それには良い面もあります。専用の部品を組み入れることで素敵なことが出来たりします。外付けみたいな不格好なことなく(ゲームで言えば、カセットに振動機能や照度センサをつけるといった試みもありましたね)、特定のことに特化出来ました。一方、汎用的な存在も馬鹿にはできません。確かにWindowsはMicrosoftという一企業に根を生やしたものですが、このOSを動かすためのハードウェアは仕様さえ準じればどこのメーカーが出しても問題が無いです。昔の混沌を考えれば、汎用性を成したと言ってよいでしょう。

自分は今更専用ゲーム機のメーカーを挙げ連ねてどうこう考えるより、専用ゲーム機上のゲームとスマートフォンのような汎用環境のゲームのこれからの方がよほど気になりますし、意識した方が良いと思っています。

個人的には

正直まだスマートフォンのゲームだけになるのはつまんないなあとは思います。ゲーム性という言葉はとても曖昧で物事を評するの妥当な単語じゃないのですが、なんかゲームの方向性が違うものが多い感じがします。

例えば、個人的には楽しんでいる拡散性ミリオンアーサーですが、これをまともに遊ぼうとするなら課金アイテムが前提になります。無課金で遊ぶ場合は、余程運が良くない限りは良いカードは手に入りませんし、ポイント競争のようなイベントでの収穫は全く期待できません。時間を使って移動ポイントや戦闘ポイントを溜めて遊ぶだけ。無課金ユーザはお金の代わりに時間を支払って暇つぶしをし、課金ユーザはその人の尺度でお金と収穫を天秤にかけ遊ぶわけです。勿論、売り切りのパッケージソフトもスマートフォンにはあります。しかし、多くは85円などのミニゲームに毛が生えたようなものか、ゲーム機からの移植がちょぼちょぼです。これだと自分には食い足りないのです。

冒頭書いたように最近自分は思い出したように、3DSを買ってCuldcept鬼トレ(ダウンロード版)で遊んでみたり、久々にPSPを使ってスーパーダンガンロンパ2をやってみたりしています。これらはいかにもよく作りこまれています。それだけの値段はしますが、とりあえず買ったパッケージ中で完結しているので安心して遊べる要因かなあと思いました。

でも、だんだん境い目もあやしく

良い悪いは措くとして、これらの境い目もだんだん変わってきてはいます。例えば、3DSを買ってみて面白かったのはパッケージROMだけではありません。ニンテンドーeショップで買った引ク押スいきものつくりクリエイトーイ行列ナゲループと言った低価格ダウンロードソフトが思っていたより充実していて拾い物でした。値段にして500円から700円くらいで、スマートフォンの低価格ゲームよりはずっと高いですが、出来はとても満足できるしパッケージで完結した内容でした。

でも、一方では3DSのファイアーエムブレム 覚醒では、ダウンロードコンテンツでパッケージ外の補強的なものという位置づけではあるものの、自分のように四の五の言わずに全部入りくれよ…という人には優しくない販売方法に着手しています。

スマートフォンゲームについて前段で腐しましたが、面白いものも少しづつ提供されています。例えば、シューティングゲームの雄であるCAVEは、怒首領蜂シリーズ虫姫さまシリーズを700円前後(値引き時400円前後)で出しています。操作系がタッチパネル用にアレンジされているのでオリジナルとは別個のものになってはいますが、ゲームとしての楽しみが十二分に味わえます。この値段でこのレベルのものがあちこちから出れば、別に専用ゲーム機要らないなあと思うくらいに…。

こういったこともあり

あまりハードメーカーがどうのという喧々諤々は無意味な諍いだなあと自分は思っています。むしろ、どう流れるにせよ自分にとって遊べるものをどこかで提供し続けてほしいなあ。長々と書いた割にこんな結論でアレですが、こまけえことは

 どこが勝とうとどうでもいいのだけど、全部が負けてゲーム自体が斜陽化、縮小化して、退化するのは勘弁して欲しいのですよ。別に後ろが任天堂だろうがAppleだろうがSonyだろうがAtariだろうが…

蛇足

尚、Appleだから大丈夫とか抜け作なことを言う方はピピンアットマークについて言い訳をしてからにしましょう。黒歴史はどこにでもあるのです。自分はiPhoneもMacbook Airも持っていますが、製品が気に入っているのであって、メーカが好きなのではありません。物としてだけならワンダースワンやNEO GEOも大好きでしたとも!

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