はてなが消費されないことを望む::したらば元社長日記 - 適宜覚書-Fragments

はてなが消費されないことを望む::したらば元社長日記

   

livedoorの対比としてまともなIT企業の引き合いにはてながマスコミで扱われることで、消費されることを憂うる記事だ。確かにマスコミは、あらゆるものをニュースの素材とする。持ち上げて叩き落す。或いは持て囃して消費した後使い捨てる。そのスパンは非常に短い。

この記事の主張を自分が分かったなりに要約すると以下の三点になる。

  • はてなを大事に扱いたい(消費される玩具にされたくない)
  • はてなは、まだこれからだ
  • はてなの本質を正しく知らしめたい

この記事を起点として別の切り口が幾つか提示されている。FIFTH EDITION: はてなのいつか終わる夢404 Blog Not Found:はてなの夢って誰の夢?だ。前者は、「はてなに限らずサービスには必ず賞味期限がある。顧客に迎合的であり続けると賞味期限は乗り越えられない。新市場開拓のスピリットは失わなってはダメ」という話で後者は、「はてなが安定して現状のユーザ・経営者の距離感を保つには、情報開示が不足。」という話だ。

捉え方はいずれも違うが、はてなは愛されているのだなと思った。GoogleやAmazonが特別な存在として受け入れられているのと同様に(規模は全く違うが)強く支持されている。

個人的にはなんとなく共感できるのだけど、何故そういう風に受け止められているか、理由付けが上手く纏められない。多分、それがはてなの本質という奴なのかなとも思うのだが、具体的にならない。個々のサービスや開発・サービスインの手法等挙げていけばそれはそれで確かに革新的なのかもしれないが、それだけではないような気がする。

つきつめたところ、皆が大事にしているはてなって何だろう?例えば社長が挿げ替えられたらもう違うものなのかな?それとも今の開発と運用のフレームワークを指すのだろうか?高い技術力?もし、雰囲気、空気みたいなもの?心配されるようにひ弱で奇跡みたいなものかもしれないと思う一方、周りが何するものぞと環境適応しつつ個性を残す雑草的な強さを持ち合わせていそう…と考えるのは買い被り過ぎだろうか?

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