ライブドア事件について - 適宜覚書-Fragments

ライブドア事件について

   

新聞もテレビも先週から今週にかけてこの話題ばかり流している。昔から不思議なのだが、マスコミはある事件に噛み付くとその内容の詳細が分からずとも繰り返し繰り返し映像を流し、妙に浮かれた感じのオーバーアクションでキャスターが喜怒哀楽をあらわす。曰く日本版のエンロン、ワールドコム事件として拡大解釈して深刻性を煽ったり、額に汗しない虚業がそれ見たことかと囃したてる。

自分にはライブドアの行ったことが正しかったか間違っていたかはよく分からない。異様に羽振りが良かったし、変なことをやっていてもおかしくはない。また、堀江氏は外見も言動も生き様も嫌いだ。肩を持つつもりはない。

しかし、今の報道のあり方はそれを差し引いてもアンフェアだし、異常だ。乗っ取り騒ぎの際、「報道機関は社会の公器であり、他の民間企業と違うから自由競争、市場原理でゆがめられる恐れがあれば好ましくない」というコメントがあったようだが、このどこが社会の公器たる姿勢と言えるのだろう?マスコミの機能は一次情報の取得及び中立的報道ではないか?視聴者の知る権利を代行するためと言いつつ出歯亀を行い恣意的に偏向した解釈を押し付けるのは間違いだと思う。ライブドアなり堀江氏なりの全てが邪悪であると決めて石を投げるのはおかしい。どの部分が悪質であったかだけを淡々と述べるべきだ。どの部分が法律違反で、どの部分に疑義が残っていて、どの部分が解釈なのか分からないまま勢いだけ空回りで投げつけるのは報道の怠慢だ。

そうは言いつつ、正直なところ最近はマスコミとはこういうものであり、味付けされた一次情報を並べて矛盾の有無や事実らしい点を抽出しつつ上手く使うしか無いと諦めている。ただただお寒い限りだ。朝方、みのもんたが「お天道様は見てる!!」とか叫んで、いかにも正義はここにありみたいな感じで語りかけているのに対して「そうだそうだ」と何も考えずに同意するような人が想定視聴者なのかと思うとどうにもやるせない。

何が何だか…という状態から抜け出すには、面倒だけど本当っぽい情報を、自分が収集できる範囲で取捨選択するしかないのだろうな。幸いWebには二次情報とは言え多くの解釈や資料もある。マスコミへの愚痴だけでは想定視聴者と五十歩百歩な訳でもう少し調べて考えてみることにしよう。

参考

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