日航機墜落事故追悼番組 - 適宜覚書-Fragments

日航機墜落事故追悼番組

   

居た堪れない。番組というダイジェストの内容に触れただけで居た堪れないと思うのは不遜だと自責の念にかられるが、自分を投影するとどうにも駄目だ。夫となり親となった身では、単に子であり個人でいるつもりであった頃とは捉え方が全く異なる。大事な人を失ってしまうことは、大事な人がいない人が頭で思い浮かべることではとても追い付かない喪失だろう。

結局途中で見ることを止めてしまった。こういうことは覚悟して向かうものじゃない。結果として否応無く向き合うことをさせられる。俺は立派でありたいなんて思わない。気が狂うなら狂えた方が有難いだろうけど、多分心が何かしらのバランスを取り喪失を認識させられる。認識しては拒否し、身悶え、そして時間の経過がまた自らを苛む材料となる。忘却もする。

世の中を絵空事のように捉える子供はこれを理解出来ない。親は親としてあるべき姿というものや覚悟を唱える。そんなものは無い。生きるのも生活するのも育てるのも何らかの保障があって行うものでもないし、ガイドラインなんか無い。だから、目の前の幸運が続くことを根拠無く望み、然るべき不幸をすら呪う。ましてありえないと信じた災厄なぞに心の備えなんかある訳が無い。生きるというのはそういう拙いよわっちい大切な時間の繋がりで、それを日常と信じて運良くすごすことでしかない。そしてそれを以って足ることを知るべきだ。あまり普段大事にしていないことが多いけど、決してなんてことはない日常はつまらないことではない。

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