旧聞と言えば - 適宜覚書-Fragments

旧聞と言えば

      2017/03/02

何のために文章を纏めて公開しているかによって情報の鮮度がどの程度の意味を持つか変わってくる。例えば、ある技術や仕様が発表された時、箸にもかけられないような扱いをされたとしよう。で、数年後別の人がそれと本質的に同じことや、或いは切り口を変えて情報を出した途端これが凄い支持を得ることがある。

状況に依存する話なので一概にバッサリ切ることは出来ないが、多くの支持を得るかどうかは水物だ。例えば、技術者が「これはいいものだ」と言って出したものが良いものかどうかに関わらずその受容は確定的ではない。運と言ってしまうのは酷く残酷な気もするが、受け入れられるかどうかがモノの良し悪しやその人の実績を外的に理不尽に決めてしまうことはありがちな話だ。

ただ、本当の主体は外的にチヤホヤされることなのだろうか?俺はそうは思わない。賑やかしなんてのはオマケだ。時に情報の再生産を押し進める道になったり触媒になったりする馬鹿に出来ない例外もあるが、それを期待しても仕方が無い。大事なことは、自分の手元に自分にとって面白い何かを作り続けるための流れを持っておけることだと俺は思う。

あー。気を抜くとすぐ青臭いメタ議論的な話を書いてしまうよ。おらぁお昼の「冬の輪舞」とか「危険な関係」みたいなドロドロな世界の方が好きなんだけどな(見てないけど)

ご参考

  • http://www.tokai-tv.com/fuyurin/
  • http://www.tokai-tv.com/kikenna/index.html

適宜覚書-Fragmentsは、筆者が興味をもった様々な情報やネタを筆者が忘れても後で思い出せるよう覚書として公開するBlogです。Google Chrome拡張、Facebook、Google、Twitter、Windows、各種Webアプリなどを扱うことが多いです。この覚書が、もし何かお役立ちになれば幸いです。

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