有能だが辞めてもらった理由が致命的な点 - 適宜覚書-Fragments

有能だが辞めてもらった理由が致命的な点

      2017/03/02

文書構造が致命的だ。内容ではなく、構造がどうしようもない。この文章を一切の推測を含まず、主題と結論だけに要約することが不可能だからだ。若干推測を入れると「有能だが辞めてもらった理由は、社章をつけて性描写ばかりの漫画を読む人物は弊社にふさわしくないと経営者である自分が判断したからだ。」となる。ノイズが多すぎて気が散ってしまったのか、構造化スキルが欠如しているのかは分からない。

でも、これだけの短文で意味不明なまでに文書構造を壊すことが出来るのは、この人がある種非凡な才能の持ち主であることを示しているのかもしれない。自分も文書構造に自信は無いが幾らなんでもここまでではない。反面教師としたい。

認めるべき点

喋るにせよ物書きにせよ、聞き手に反応が起こることが重要だ。反応の内容が、肯定であれ否定であれ大きなインパクトを与えることが出来ればその言葉には意味がある。一番問題がある伝達とは、「ふーん」「そっか」で終わってしまうものだ。決して無理に奇をてらう必要は無いが、話題をさらうような文書にはそれぞれに魅力がある。嫌味ではなく、その点は認めなくてはいけないと思った。

何故この記事を選んだのか?

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ちょうどネタ的にはてなブックマークで扱われていたからです。内容に引っかかりがあるというのが内容に自分が反論したいかと言われれば全く反論するつもりは無いです。勿論「そーだ、その通りだ。イマドキの人はっ!」という共感も無い。引っかかりがあったのは「この人は結局何を誰に伝えたいのかさっぱり分からない」という点です。ちょうど先日文書構造の実習教育を受けていたので文章に目を通す際に意識して構造で見ようと言う練習をしているという背景も大きいように思います。

ただ、三宅 龍太郎さんがそうとらえられるにはそれだけの理由があると思います。恐らくノイズを多く入れてしまったこと、エクスキューズが不適切であったこと、前提を示すべきであったことあたりじゃないかとあたりをつけて反省材料にしようかな。

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